なぜ、そのようなややっこしいことをするのか、これから説明します。
株主権が空洞化することでメリットを受けるのは経営者です。
配当をどうするか頭を悩ますことも、業績不振でも責任を株主から追及される心配もありません。
安定株主の保有比率が高ければ、買収を仕掛けられる心配もないので、経営者には好都合です。
要するに株式の持ち合いがしっかりできていれば、経営者の地位は安泰なのです。
こうした問題を「法人資本主義」と定義して詳しく分析したのは奥村宏氏です。
その後、これが「会社本位主義」につながり、崩壊に向かっていると論じています。
株式の相互持ち合いあるいは株式保有の法人化はバブル経済が弾けて解消に向かっています。
経営者の居心地が悪くなるわけです。
金融機関の持ち株比率は八九年の四六・〇%をピークに、二〇〇二年には三四・一%に下がっています。
銀行は株式持ち合いの中核でしたが、不良債権処理に伴い、持ち株の売却を進めざるを得なかったのです。
生命保険は八五年の一三・五%がピークで、二〇〇二年には五・六%に低下しています。
事業法人等は八九年と二〇〇二年では二四・八%で変わりません。
個人もここ十五年ばかりは横ばい傾向で、二〇〇二年の持ち株比率は二三・四%となっています。
一方、外国人株主は八九年には三・九%でしたが、二〇〇二年には一六・五%に高まり、無視し得ない存在になっています。
身内は社員、株主はよその人? 金融機関や企業が大株主になる現象は、「株式会社制度の形骸化を招いた。
株主総会や取締役会の形骸化はすべてここから始まっている」。
元大蔵省証券局長のS氏‐K社相談役が十年ほど前にこう言っていました。
S氏は自著の『「証券不況」いつ晴れる‥』(九三年)で「法人化現象」について一章を割いています。
それによりますと昭和四十年代に、法人化現象は急速に進んだようです。
「四十年度末の個人株主は四五%もあり、残りは金融機関や事業法人などが占めていた。
ところが、十年後の五十年度末になると、個人株主はわずか三三%に減り、代わって法人株主が六一%にもなった。
劇的な変化と言っていい」と描写しています。
当時、資本自由化が進み、外国の有力企業による企業買収を恐れて、金融機関や企業が株式の安定株主を増やすために持ち合いに動いたためだそうです。
巨大な外資にかかったら、日本の企業など一呑みと思われていましたから、無理もないのですが、買収されてまず困るのは経営陣です。
もしかしたら青い目の社長が送り込まれ、意向に沿わないと、どんどん解任されるのではないか。
管理職も巻き込んで、これはお家の一大事です。
社員共同体が壊されるかもしれません。
外資は黒船のようなものでした。
自由化に抵抗する人たちについて、当時のI経団連会長は「国民総生産が世界で二番目になったという段階で、なおかつ外資がはいってきちや困りますっていうのは、三十づらさげたいいオヤジがチャンチャンコ着て、うば車に乗って風車まわしているようなもんだね」(『財界人思想全集6』)とからかいました。
K社の社長時代、S氏は証券会社から「安定株主工作」を勧められました。
安定株主が二〇%程度だったので、もっと増やした方がよいというわけです。
それでS社長が義父のH会長に「安定株主を増やしてはどうか」と相談したら、H会長が怒り出しました。
「株というのは、できるだけ多くの人に持ってもらうべきなのだ」というわけです。
S氏は「そんなことをしていたら、外国企業による乗っ取りにあう危険がある」と忠告しました。
しかし原会長は納得しません。
「面白い。
そういうのが出てきたら、ぜひ会ってみたいものだ」と動じなかったそうです。
明治の半ばに生まれ、戦前から数々の企業の経営に携わってきた原氏は、度胸がすわっていたのでしょう。
しかし普通の経営者はせっせと安定工作に力を入れました。
その結果、株式持ち合いによる強固な防衛体制が整うと、副作用が出ました。
経営者は怖いものなしの状態になったのです。
身内は社員で株主はよその人という倒錯した考え方が自然に定着しました。
日本企業を静かに蝕んだ病 持ち合いによって市場に流通する株式が減りますから、株価は上がります。
これを利用して株式時価発行をする企業が増えました。
第一号は六九年のY社によるものです。
この「時価発行が個人株主を殺した」とS氏は言います。
徹底的に会社に有利だったのです。
「高株価経営」と称して、高い時価で新株を発行すると、時価と額面の一株五十円との差額がプレミアムとして転がり込みました。
これは配当せずに済む資本準備金に繰り入れます。
配当も額面の一割を安定配当すれば合格と言われていました。
実際の株価で計算した利回りは恐ろしく低くなり、個人にとって預貯金と比べて割に合いませんでした。
このため個人株主がさらに株式から離れていったというわけです。
しかし金融機関や企業にとっては問題はなかったのでしょうか。
当座、支障はありませんでした。
高い時価で株式を銀行や生命保険、企業が買っても、経済はインフレ基調で右肩上がりの成長が続いていましたので、さらに値上がりしたからです。
値上がり益は帳簿に載らない含み益の形で利益を蓄積できたので、税金がかからずかえってよかったのです。
ある大手生命保険の株式部長は「ただ買えばよかったのだから楽だった」と当時を振り返っています。
事業会社は含み益が増えれば、信用度が上がり銀行からの融資を受けやすくなります。
企業にとって非常に有利に見えましたが、実はS氏が言う「株式会社制度の形骸化」が企業を深く静かに蝕んでいったのです。
まず資本コストのとらえ方がゆがみました。
手前勝手な額面の一割配当でお茶を濁す安定配当主義と、資本準備金を設けて資本金を小さくする会計処理などで、増資による資金調達のコストを不当に安く考えるようになりました。
株価形成にも安易な見方が根づきました。
安定株主工作によって市場で売買される株式の量を絞りましだから、株価は相対的に高く維持され操作もしやすくなったためです。
同時に個人株主が減って、もの言わぬ法人株主が増えたため、経営者はフリーハンドを得ました。
こうした事情が重なれば、本業の利益管理が甘くなるのは避けられませんでした。
しかし表面的には会社は安泰なので、経営者は緊張感を失い、株式会社は何のために存在し経営者は誰に責任を負わなければいけないのかが、忘れられてしまいました。
会社は本来、株主が出した資本を元手に発足し、社会的なニーズを満たすべく新しい事業を起こして利益を上げるという機能的な組織です。
それがいつの間にか、経営者を頂点に社員がうまみを享受する共同体の側面が肥大化して、存続することが第一の目的にすりかわってしまったのです。
その結果、株式会社なのに株主を遠ざけるという異常な状態にまでいきました。
最近改善されつつありますが、九〇年代後半までの株主総会の形骸化はひどいものでした。
八二年に施行された改正商法によって、特定の株主、要するに総会屋に金銭などの利益を供与することが禁止されました。
これで総会屋が一掃されて一般株主の総会参加が盛んになり正常化すると期待されましたが、そうは簡単ではありませんでした。
二〇〇二年には日本信販が摘発され社長が引責辞任しました。
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